魅力あるコンテンツと、きちんとした広告

世の中の偉いさんという生き物は、往々にしてセンスがない。

広告の話なんだけれど。

そもそも、日頃は宣伝広告なんてものに、まるっきり興味も持ってない癖に、ある日突然、口を挟んで来るので油断できない。

もっと大きな文字で!とか、もっと赤い目立つ色で!とか、激安スーパーのチラシ作ってるんじゃねぇぞ!?ってアホな注文を付けてくる。

言われる要素を渋々全部盛り込んでやったら、言うに事欠いて「センスがない」とか言い出す始末。そりゃそうでしょ、と胸の中で呟くしかない。こういうイカンともし難い状況ってのは、笑っちゃうくらい多々ある。

企業の宣伝広告ってのは、当たり前だけど、決められた予算があって、それに基づいてスケジュールを組んでいる。なのに急に女優の○○を起用してCMを打つ!とか言い出すのも、センスのない偉いさんの特徴だ。完全に費用対効果はナシ。イレギュラーのCM予算を追加でくれるのならまだ許せるけれど、後ろの予算を使うとか、もうね、センス以前に経営者としてどうなのよ?と、思わずタメ口で言いそうになる。

女優の○○を起用!ってのが、100パージジィのスケベ心から出発しているのも、どうにかしてほしい。痩せても枯れても上場企業ってのは、それなりのイメージがある筈なのに、誰に訴求するの?どうやって使うの?ってアタマを抱えるような、明らかに商品と乖離した雰囲気の女優さんばかりがキャスティングされる。出演料とバーターで、一発やらせて貰ってんのかな?って勘ぐるけれど、たぶんそういうことはあると思う。

もうすっかりテレビを見なくなったし、見ても録画でCMなんてすっ飛ばしてる。でもたまーに、関西圏ならサンテレビとかテレビ大阪のローカル枠で流れてるCMを見てると、同じように「ああ、偉いさんがカネにモノを言わせて、タレントと仲良くなるためだけに打っちゃったな」ってものを目にする。

そういうのを見ていると、本当に心底悲しくなる。悲しみだけが残って、商品の内容も、企業名も記憶されない。

タレント依存の広告ってのは、実はもう廃れてきている。そしてタレントというか、ビジュアルというのは、最後に選ばれるものだ。あくまで商品やサービスを広めるという前提があって、それならこういう切り口でどうだろう?とか、こういうコピーで作ってみよう、じゃ、媒体はこれかな?なんて作業があり、最後にタレントなりビジュアルなりが決まるのが普通だ。

突然女優を連れてきて、CM作るから!なんて言われて、女優ありきでなんて作れる訳がない。そんなんだったら、代理店に丸投げすりゃ良い訳で、広報部なんて部署は必要ない。木村文乃さんや吉岡里帆さんが出てくれるなら、女優ありきでも、全力で良い物を作るけれど、それは単に俺の好みの問題だ(笑)

消費者の心理の動きというのは、今から100年くらい前に、こんなもんだろ?と確立されている。AIDMAの法則ってやつだ。Attention(注意)→ Interest(関心)→ Desire(欲求)→ Memory(記憶)→ Action(行動)の頭文字を取ったもの。

何なんこれ?→おもろそうやん?→ちょっと欲しいかも?→どこのなんて商品やったっけ?→よし、明日ヨドバシ行ってみるか!って感じだ。

売り手だって、日常的には買い手である訳で、この心理に沿って買い物をしている筈だ。それ相応の商品を買う時に、あの人は今?みたいな女優が、安っぽいダジャレみたなコピーを呟くCM見て、買おうと思うのか?ちょっと考えたら分かりそうなものだ。

元々売れる商品、惹かれるコンテンツがあれば、宣伝だって映えるし、きちんとした広告なら、その魅力をさらに増大させて、相乗効果を生むだろう。

1号で作ったTENGAの広告。いいちこをパクったアレは、単にウケを狙っただけじゃない。TENGAは魅力ある商品だし、いいちこの広告も、トップレベルのクリエイターが参加した、素晴らしいものだ。

素晴らしいコンテンツと、魅力ある広告が合体したときに、どのようなものが生まれるか?良い商品も、素晴らしい宣伝ができる環境もない三流の広告マンが、無い物ねだりの妄想を具現化させたら、こいつが出来上がっただけだ。

何だか色々残念で悲しくなるが、広告業界で働く人の多くは、多かれ少なかれ、こういう気持ちを感じているんだろう。

勝手にTENGA広告シリーズは、こちらで細々と公開中です(笑)

2017年05月24日 | Posted in DesigNerd | | No Comments » 

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